令和5年10月に行われた「生存権を求める京都デモ」において、2013年から段階的に引き下げられた生活保護の基準額について、受給者や支援者など100人が不満を訴えました。
その中で「たまには旅行に行きたいぞ」「たまにはオシャレもしたいぞ」「たまにはウナギも食べたいぞ」との主張があり、この主張を受けて、SNSでは「旅行に行きたい?それは本当に最低限度なの?」「一生懸命に働いていてもウナギなんて食えない…」「デモする元気あるなら働けるよね」などの非難の声が出ました。
このデモの件が取り上げられる前から生活保護に対しては、「生活保護制度は廃止にするべきだ!」等、様々な厳しい意見が出ていましたが、これらの意見を受けて、生活保護制度が廃止されることや制度変更が行われる可能性はあるのか、現在生活保護を受給している方は非常に関心のあることだと思います。
そこで、このページでは、生活保護制度は廃止されることはあるのか?また、10年後生活保護制度はどのように変わる可能性があるのか?等について、このページでは詳しくご説明します。
生活保護制度が廃止されることはない
結論から言いますと、生活保護制度が廃止されることは、まずありません。
なぜなら、生活保護を廃止するには憲法改正が必要だからです。
生活保護制度は生活保護法を根拠に制度設計されています。
そのため、「法律を改正すれば良いのでは?」と思う方も多いかもしれません。
しかし、生活保護法は日本国憲法第25条の「生存権」の理念に基づき、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ必要な保護を行い、最低限の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的として制定された法律です。
(生存権)
第二十五条すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
引用元:日本国憲法
生活保護法そのものは、あくまで「法律」のため、廃止することはできますが、日本国憲法が改正されない限り、生活保護法を廃止しても生活保護制度と同じように生存権を保障する代わりの法律を制定する必要があります。
そのため、生活保護制度を廃止するには、憲法を改正しなければいけません。
そして、生存権を規定している憲法第25条を廃止又は改正するには、国会で衆参各議院の総議員の3分の2以上の賛成と国民投票による過半数の賛成が必要です。
過去に一度も憲法が改正されていないことからもわかるとおり、憲法改正の条件は非常に厳しいため、憲法が改正されることはなく、生活保護制度が廃止されることもありません。
ベーシックインカムが導入される可能性は0に近い
生活保護制度の代わりとして、よく議論に挙げられるのがベーシックインカムです。
ベーシックインカムとは、年齢・性別・所得などに関わらず、すべての国民に一定の金額を支給する制度です。
簡単に言うと、高齢者であろうと、赤子であろうと、また、高所得者であろうと、低所得者であろうと、一切関係なく、全ての国民に対して、一律に毎月10万円支給する、と言った制度がベーシックインカムです。
このベーシックインカムを導入する場合に問題となるのが、社会保障との兼ね合いです。
社会保障とは一定の条件を満たす人に、一定の保証を提供する制度のことです。
例えば国民健康保険制度、各種年金制度、失業した時に給付を受けられる雇用保険制度、就業中に怪我をした時に給付が受けられる労災保険制度等があります。
もちろん、生活保護制度も社会保障の一つです。
ベーシックインカムを導入すると何が問題になるのか?と言うと、年金や雇用保険等の支給関係の社会保障は必要なくなるため、これまでの社会保障を見直し、ベーシックインカムに一本化する必要があります
当然、今現在、年金や雇用保険を支払っている方、支給金額が今もらっている年金額より下がる方から猛反発があります。
また、ベーシックインカムで支給する金額についても、その金額で足りるのか?高齢者、若者、児童、乳幼児で必要な金額が異なるのに一律で良いのか?等々の議論が必要になります。
海外でも、アメリカやドイツ、イタリア、オランダなどでベーシックインカムが一部実験的に導入されていますが、いずれの国でも支給には何らかの条件が設けられており、ベーシックインカムが実際に導入された事例はありません。
そのため、いまだに何も議論されていない日本でベーシックインカムが導入されることは、まずないでしょう。
生活保護制度は10年後大きく変わる可能性はある
生活保護制度が廃止される可能性は、まずありませんが、10年後、20年後には大きく変わる可能性があります。
先日発表された生活保護法などの改正案においては、生活保護受給者にとってプラスとなる内容しかありませんでした。
しかし、生活保護制度を継続するには、予算が必要です。
予算を確保するには、日本経済が現状維持もしくは上向きにならないといけませんが、現状は物価高騰等により、非常に厳しい状況です。
また、電気自動車へのシフトチェンジにより、日本の基幹産業である自動車産業も衰退すると言われています。
つまり、今後の日本経済は悪化する可能性が非常に高く、結果、予算を確保することができず、現状の生活保護制度を維持することができなくなる可能性があります。
そうなると、予算の減少に伴い、生活保護制度も変わらなければいけません。
そこで、以下では、生活保護制度に今後起こりうる変化について、ご説明します。
医療費に自己負担が発生する
生活保護の受給を開始すると、8つの扶助を受けることができます。
その8つの扶助の中に医療扶助があり、現行制度では、診察料だけでなく、施術費もお薬代も全て医療扶助から出るため、あらゆる医療行為を全て無料で受けることができます。
例えばがんを患った場合、手術代はもちろん、抗がん剤による治療もタダですし、人工透析も植物状態になった場合の延命治療についても全てタダです。
しかし、今後の改正により、この医療費に自己負担が発生する可能性があります。
その理由は、医療扶助に支出している予算が非常に多いからです。
令和4年度の生活保護費負担金は約3.7兆円で、その約半分の1.8兆円は医療扶助が占めています。
もちろん、生活保護受給者の大半が病気等により働けない人のため、病院を受診する機会が多いのは理解できます。
しかし、自己負担が無いため頻回受診や過剰診療が疑われる事例が存在します。
実際に、ひとり暮らしである場合には2 人以上の場合と比べて約 1.5 倍、就労していない場合は就労している場合と比べて約 2 倍、外国籍である場合には日本国籍である場合と比べて約 1.8 倍、頻回受診しやすい傾向があるとの調査結果も出ています。
生活保護受給者に自己負担を求めたからと言って、頻回受診や過剰診療が完全になくなるわけではありませんが、医療扶助に掛かる予算の削減が見込めることから、国の財源が厳しくなれば、すぐさま医療扶助が改正されて自己負担が発生する可能性は非常に高いです。
生活保護費の支給が現金から電子マネーになる
毎月支給される生活保護費の支給方法は生活保護法第31条第1項の規定により、例外的に現物支給を認めることもありますが、現金給付が原則です。
プリペイドカードや電子マネーは現金と同じように使えますが、現状、プリペイドカードや電子マネーで生活保護費を支給している自治体はありません。
2015年度に大阪府ではプリペイドカードによる生活保護費の支給を実験的に実施しましたが、利用世帯数の目標を2000世帯に対して、わずか65世帯しか利用しなかったため、現在はプリペイド制を取りやめています。
では、なぜ支給方法が現金から電子マネーに変わる可能性があるのか。
それは、デジタル給与が2023年4月から解禁となったからです。
現状、実際に利用できる資金移動業者は発表されておれず、明確な時期についても公表されていないことから、デジタル給与が普及するのは、まだまだ先にはなると思いますが、デジタル給与が普及すれば電子マネーが現金と同格になるため、電子マネーによる生活保護費の支給が可能になります。
「デジタル給与が普及しても、あくまで現金と同格だから、生活保護費の支給は現金のままでは?」と思うかもしれませんが、電子マネーによる支給が可能になったら、行政は電子マネーによる支給を間違いなく推進することになります。
なぜなら、電子マネーであれば、利用履歴を全てチェックすることができるからです。
平成26年1月1日から法改正により
- 健康の保持及び増進に努めること
- 収入、支出その他生計の状況を適切に把握すること
が生活保護受給者の責務として位置づけられました。
それに伴い、担当ケースワーカーは本人の自立支援の観点から必要と判断した者については、生活保護受給者の状況に応じてレシート又は領収書の保存や家計簿の作成を求めることも可能になりました。
しかし、実態は、生活保護受給者が家計簿を作成するのは、非常にハードルが高く、また、ケースワーカーからの依頼に応じなくても何ら罰則もないため、結果、家計を把握することができず、適切な支援をすることができていませんでした。
それが、支給方法を電子マネーに変えれば生活保護受給者は家計簿を作成する手間が省け、ケースワーカーも利用履歴を確認するだけで、適切な支援を行うことができるようになります。
生活保護受給者の中には「プライバシーの侵害だ!生活保護費を自由に使って何が悪い!」と言う方が、少なからずいると思います。
確かに、生活保護では、健康で文化的な最低限度の生活を保障しているため、お酒やタバコ、パチンコ等のギャンブルに生活保護費をつぎ込んでも何ら問題はありません。
しかし、生活保護受給者の中には、アルコール中毒者、ギャンブル中毒者、麻薬中毒者等、金銭管理をしなければ、健康を損なう可能性の高い生活保護受給者がいます。
いくら生活保護費は自由に使って良いとは言え、金銭管理が必要な方に対しては、適切な指導を行わなければいけないため、今後、支給方法が現金から電子マネーに変わる可能性は非常に高いと思われます。
生活保護の条件が厳しくなる
生活保護の受給者数は、令和4年3月現在で203万6,045人となっています。
平成27年3月をピークに生活保護受給者数は減少傾向にありますが、生活保護費負担金(事業費ベース)を見ると、令和4年度予算は約3.7兆円と、平成23年度から現在まで、ほぼ横ばいとなっていて、生活保護受給者が減っても、予算は変わっていません。
今後、物価高騰の影響や日本経済の悪化により、日本の経済状況が悪くなった場合、生活保護費の予算を国が確保することは難しくなります。
しかし、憲法で生存権が保障されている以上、生活保護費を下げるわけにはいきません。
そうなると、生活保護の受給条件を厳しくせざるを得ません。
現在の生活保護の条件は非常にシンプルで、「世帯の収入が最低生活費以下であること」ただそれだけです。
現行制度では、不動産等の資産を持っていても、本当は働けるのに働いていなくても、申請をすれば生活保護を受給できてしまうため、法改正を行い、簡単には生活保護を受給できないように条件を変更すると思われます。
具体的には、病状調査の結果、就労可能と判断された方は、受給できなくなると思われます。
就職できない原因は、「本人」のせいではなく「社会」にあると考えられるようになったため、現在、至って健康であっても生活保護を受給することができますが、バブル崩壊前までは、健康な方は生活保護を受給することができませんでした。
景気は良くなっているとは言えませんが、求人倍率は増加しており、令和5年11月の有効求人倍率は1.28倍になります。
つまり、求職者1人に対して1.28件仕事があると言うことです。
このような状況で、就職できない原因は「本人」にあるとは、言い難いため、健康な方、病気があっても働けると診断された方は、生活保護を受給できなくなる可能性は非常に高いと思われます。
生活保護の受給期間に制限はつかない
日本の生活保護制度に受給期間の制限はなく、それこそ、ゆりかごから墓場まで生活保護を受給することが可能です。
それに対して、アメリカでは、生活保護に似た制度として、TANF(貧困家庭一時扶助)と言う制度があるんですが、TANF(貧困家庭一時扶助)は、生涯で最長5年間しか受けることができません。
日本の生活保護制度では外国人や働けるのに働かない人等も受給していることから、しばしば「アメリカ同様に日本の生活保護にも受給期間の制限を付けるべきではないか?」と言う議論が発生します。
しかし、生活保護の受給期間に制限がつくことは、まずありません。
なぜなら、生活保護の廃止同様に受給期間に制限をつけるには、憲法の改正が必要だからです。
アメリカは社会権の概念がなく、生存権を保障していないため、受給期間に制限をつけることができますが、日本は憲法で生存権を保障しているため、憲法を改正しない限り、受給期間に制限をつけることはできません。
上記「生活保護制度が廃止されることはない」のところで説明したとおり、憲法を改正する要件は非常に厳しいため、生活保護の受給期間に制限がつくことは、まずありません。
まとめ
生活保護制度は廃止されることはあるのか?また、10年後生活保護制度はどのように変わる可能性があるのか?について、ご説明しました。
上記をまとめると
- 生活保護の廃止には憲法を改正する必要があるが、憲法改正の要件は非常に厳しく、過去に一度も改正されたことがないことから、生活保護制度が廃止されることはない。
- ベーシックインカムの議論も良く出るが、海外の事例も少なく、また、社会保障制度の見直しも必要となることから、ベーシックインカムに移行する可能性は低い。
- 医療扶助により、病院の受診料等は現状タダだが、将来的には自己負担が発生する可能性がある。
- デジタル給与が解禁されたことにより、アルコール中毒者、ギャンブル中毒者、麻薬中毒者等、金銭管理をしなければ、健康を損なう可能性の高い生活保護受給者に対しては、支給方法が電子マネーによる可能性がある。
- 生活保護の条件が厳しくなり、病状調査の結果、就労可能と判断された方は生活保護を受給できなくなる可能性がある。
- 生存権が憲法で制定されているため、生活保護制度の廃止と同様、生活保護の受給期間に制限をつけることはない。
となります。
生活保護制度が廃止されることは、まずありませんが、現行制度のまま、一生安泰と言う補償はどこにもありませんので、十分に気を付けましょう。
その他、生活保護に関する様々な疑問については、下記にまとめてありますので、ぜひ参考にしていただけたらと思います。
https://seikathuhogomanabou.com/category/qa/
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