生活保護の申請を考えているとき、「親に連絡がいくのでは?」「親を扶養しなければならないのでは?」と不安を感じる方は少なくありません。
また、親が生活保護を受給している場合、子どもとしてどこまで責任があるのか分からず悩んでいる方も多いでしょう。
本記事では、生活保護と親の関係について、扶養照会の実態から介護義務、相続まで、あなたの疑問を徹底的に解説します。
最新の制度改正情報も含め、実践的な知識をお伝えします。
生活保護申請時の「扶養照会」とは

扶養照会の基本
扶養照会とは、生活保護を申請した人の親族に対して、福祉事務所が援助の可否を問い合わせる手続きです。

「精神的、経済的に援助することが可能か?」という確認が、書面で行われます。
扶養照会が行われる理由は、生活保護制度が「利用できる資産や能力をすべて活用しても生活に困窮する方」を支援する制度だからです。

親族からの援助は生活保護よりも優先されるため、扶養の可能性を確認する必要があります。
扶養照会の対象となる親族
扶養照会は誰にでも送られるわけではありません。
基本的に以下の範囲の親族に対して行われます。
扶養照会の対象となる親族
- 1親等:父母、子ども
- 2親等:祖父母、孫、兄弟姉妹
- 3親等:おじ・おば、甥・姪(過去に特別な援助があった場合のみ)
このうち特に、夫婦と親の未成熟の子(中学生以下)に対する関係は「生活保持義務関係」と呼ばれ、より重点的に調査が行われます。
扶養照会は断れる
重要なのは、扶養照会を受けた親族には援助する義務はなく、断ることができるという点です。
経済的に余裕がない場合はもちろん、援助したくない場合も拒否できます。

また、親族が扶養照会を無視した場合も「扶養の意思なし」とみなされ、申請者は問題なく生活保護を受給できます。
扶養照会は強制ではなく、あくまで「確認」の手続きなのです。
扶養照会を避ける方法

2021年の運用改善で大きく変わった
2021年2月と3月の厚生労働省通知により、扶養照会の運用は大幅に改善されました。
以前は限られた場合にのみ扶養照会を省略できましたが、現在ははるかに柔軟な運用が可能になっています。
扶養照会が行われないケース
以下のいずれかに該当する場合、扶養照会は行われません。
1. DV・虐待の被害があった場合
過去に親族からDVや虐待を受けていた場合、扶養照会をすることで申請者の居場所が発覚し、再び被害に遭う可能性があります。このような場合は扶養照会を行わないことが明確に定められています。
2. 長期間音信不通の場合
従来は20年間でしたが、現在は10年程度音信不通が続いている場合、扶養照会の対象外となります。関係性が破綻していると判断されるためです。
3. 縁組前の配偶者の親族
再婚前の配偶者の父母など、扶養義務の履行が期待できない親族も対象外です。
4. 70歳以上の高齢者
高齢で経済的な援助が明らかに困難な場合も対象外となります。
5. 未成年者
経済的な自立が見込めないため対象外です。
6. 借金などの金銭トラブルがある場合
親族から借金を重ねている、相続をめぐり対立しているなどの事情がある場合も扶養照会を行わなくて良いとされています。
申請時に拒否の意思を示す
2021年3月の通知では、申請者が扶養照会を拒否した場合、その理由について「特に丁寧に聞き取りを行い」、照会をしなくてもよい場合にあたるかどうかを検討するという対応方針が示されました。
申請時にケースワーカーに対して、一人ひとりの親族について「扶養照会をすることが適切ではない」または「扶養が期待できる状態にない」ことを説明すれば、実質的に照会を止められるようになっています。

申出書の活用
生活保護問題対策全国会議が作成した「扶養照会に関する申出書」を利用することで、扶養照会を拒否する意思を明確に伝えることができます。
この申出書をダウンロードし、申請時に提出することが有効です。
親がいても生活保護は受給できる

親がいる=受給できないわけではない
「親がいる」という事実だけで生活保護が受給できないわけではありません。

扶養照会はあくまで書面での確認であり、親族が扶養を拒否した場合や返送されなかった場合は問題なく生活保護を受給できます。
親がいても受給できる具体的なケース
以下のような状況では、親がいても生活保護を受給できます。
1. 親と長年連絡を取っていない場合
生きているのは知っているが長年連絡をとっていない、絶縁状態の場合は、頼れる親がいるわけではありませんので、扶養照会をせずに生活保護を受給できることもあります。
2. 過去にDVや虐待があった場合
親に扶養する能力があったとしても、過去にDVや虐態の事実が認められる場合は扶養照会を行わないことがあります。
3. 親自身も経済的に困窮している場合
親に扶養能力がない場合、当然ながら扶養は期待できません。
4. 親が高齢や病気で援助できない場合
親が70歳以上の高齢者や、病気で働けない状況にある場合も扶養照会の対象外となります。
親がいることで受給できないケース
逆に、親がいることで生活保護を受給できないのは以下のような場合です。
1. 親に十分な扶養能力があり、援助が可能な場合
親に経済的余裕があり、実際に援助を受けられる場合は、まず親に頼ることが求められます。
2. 親と同居しており、世帯収入が最低生活費を上回る場合
生活保護は世帯単位で判断されるため、親と同居している場合、世帯全体の収入が基準となります。
親が生活保護を受給する場合の子どもの責任

扶養義務はあるが強制ではない
民法第877条では「直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある」と定められています。
しかし、この扶養義務は自分の生活を犠牲にしてまで果たさなければならない絶対的なものではありません。
扶養義務が発生するのは、自分の生活に余裕がある場合に限られます。
一つの判断基準として、生活保護基準額より生活費が困窮している場合、扶養義務は強制されません。

扶養照会が届いたときの対応
親が生活保護を申請すると、子どもに扶養照会の書面が届くことがあります。
このとき、以下の点を理解しておきましょう。
扶養照会への対応
- 援助は強制ではない:経済的に余裕がない場合、援助を断っても問題ありません
- 回答義務はない:扶養照会を無視してもペナルティはありません
- 正直に回答する:援助できない事情がある場合は、その旨を書面に記載して返送すればよいだけです
年収300万円程度で自分の生活だけで精一杯という場合、無理に親を援助する必要はありません。
また、過去にいざこざがあって援助したくない場合も、その旨を伝えれば問題ありません。
扶養照会を無視した場合
扶養照会に回答しなくても、申請者の生活保護受給には影響しません。
「援助は期待できない」と判断されるだけです。
ただし、回答がないと親族の援助可否の確認に時間がかかるため、生活保護の支給が遅くなる可能性があります。
申請者のことを考えると、援助しない場合でも早めに回答するのが理想です。
親の介護と生活保護

介護義務の本質は「金銭的な支援」
親の介護は原則として子どもの義務ですが、法律で定められているのは「身体的な介護の義務」ではなく、「扶養義務」すなわち「生活を助け合う義務」です。
つまり、必ずしも自分の手で身体的な介護をしなければならないわけではありません。
親にお金がない場合に、費用を負担してヘルパーや施設を利用できるようにすることも、義務を果たしていることになります。
経済的に困難な場合は強制されない
介護義務は、あくまでも自身の生活に余裕がある場合に発生します。
自分と配偶者・子どもが生活していくだけで精一杯という場合、自分たちの生活を壊してまで面倒を見なければいけないわけではありません。
家庭裁判所が相対的に判断しますが、生活保護基準額より生活費が困窮している場合、余裕はないといえるでしょう。
親が生活保護を受給している場合の介護
親が生活保護を受給している場合、介護サービスは介護扶助によって賄われます。

介護保険料は生活扶助に加算されて支給され、介護サービスの利用料も介護扶助から全額支給されるため、親自身の自己負担はありません。
ただし、65歳未満の場合は原則として施設入所が難しく、自宅での生活を続けざるを得ない場合があります。
その際、近くに家族がいれば、ある程度の支援を必要とする場面が出てくることもあります。
親の介護ができない場合の対処法
親の介護ができない場合、以下の選択肢があります。
1. 兄弟姉妹で分担する
複数の子どもがいる場合、近くに住んでいる子どもが身体的な扶養を行い、遠方の子どもが経済的な扶養を行うなど、役割分担することで負担を軽減できます。
2. 親に生活保護を申請してもらう
親が経済的に困窮しており、子どもにも扶養能力がない場合、親世帯のみ生活保護を申請することも選択肢です。
3. 介護施設への入所を検討する
65歳以上で施設入所の条件が整えば、生活保護受給者でもスムーズに入所できるケースが増えています。
4. 行政の相談窓口を利用する
地域包括支援センターや福祉事務所に相談することで、利用できる介護サービスや支援制度を案内してもらえます。
親が亡くなった場合の相続と生活保護

生活保護受給者でも相続はできる
生活保護を受給していても、親が亡くなった場合に遺産を相続することは可能です。

相続権は民法上認められた権利であり、生活保護の受給の有無によって制限されることはありません。
相続すると生活保護はどうなる?
ただし、相続した遺産の金額によっては、生活保護が受給停止または廃止になる可能性があります。

受給停止と廃止の違い
- 受給停止:相続した遺産を活用しても6か月以内に再び保護が必要になると予測される場合
- 受給廃止:6か月以上保護が必要ない状態が続くと判断される場合
例えば、月の保護費が10万円の場合、相続額が60万円以下なら停止、100万円なら廃止される可能性が高いと考えられます。
ただし、明確な基準はなく、個別の状況によって判断されます。
相続しても生活保護が継続されるケース
以下のような場合、相続しても生活保護の受給が継続される可能性があります。
1. 相続額が少額の場合
数万円程度の少額であれば、生活保護に影響しないことが多いです。
2. 居住用不動産の場合
現在住んでいる自宅を相続した場合、生活に必要なものとして保護が継続されることがあります。
3. 処分が困難な財産の場合
売却できる可能性が極めて低い地方の不動産など、現金化が難しい財産の場合は影響がないこともあります。
相続放棄はできる?
生活保護受給者でも相続放棄の手続き自体は可能です。
しかし、「生活保護を受け続けたいから」という理由での相続放棄は原則として認められません。
生活保護制度は「利用できる資産をすべて活用する」ことが前提だからです。
ただし、以下のような場合は相続放棄が認められます。
相続放棄が認められるケース
- 相続財産のほとんどが借金である場合
- 相続財産がマイナスである場合
- 処分が極めて困難な財産しかない場合
相続したら必ず報告を
生活保護受給者が遺産を相続した場合、必ずケースワーカーや福祉事務所に報告しなければなりません。

報告せずに受給を続けると不正受給とみなされ、これまでの生活保護費の返還を求められる可能性があります。

相続が発生する予定がある場合は、事前にケースワーカーに相談し、今後の対応について助言を受けることをおすすめします。
生活保護と親に関する制度の課題

扶養照会が申請のハードルに
生活保護利用の最大の障壁は、扶養照会だと言われています。
「親族に知られたくない」「迷惑をかけたくない」という思いから、生活保護の申請をためらう人が多いのが現状です。
2021年の運用改善により状況は改善されましたが、依然として完全に撤廃されたわけではありません。
支援団体は扶養照会の完全撤廃を求め続けています。
扶養義務の範囲の曖昧さ
扶養義務がどこまで及ぶのか、明確な基準がないことも問題です。
「経済的余裕」の判断は相対的で、ケースワーカーや福祉事務所によって対応が異なることもあります。
情報の不足
扶養照会を避けられることや、相続放棄ができることなど、重要な情報が申請者に十分伝わっていないケースも多くあります。
専門家や支援団体に相談することが重要です。
よくある質問と回答

Q1. 親に生活保護申請を知られたくない場合は?
A1. 前述の扶養照会を避ける条件(DV・虐待、音信不通など)に該当する場合、申請時にケースワーカーにその旨を伝えることで扶養照会を止めることができます。申出書を活用するのも効果的です。
Q2. 親が援助できると言ったら生活保護は受けられない?
A2. 親が「援助できる」と回答しても、実際に援助が行われなければ生活保護は受給できます。また、親の援助があっても、それが最低生活費に満たない場合は、不足分を生活保護で補うことができます。

Q3. 親の借金を相続したくない場合は?
A3. 相続放棄をすることで、親の借金を引き継がずに済みます。相続を知った日から3か月以内に家庭裁判所で手続きを行ってください。この場合の相続放棄は生活保護の受給に影響しません。
Q4. 親が生活保護を受けていることは誰かに知られる?
A4. 生活保護の受給情報は個人情報として厳重に管理されており、本人の同意なしに第三者に開示されることはありません。
Q5. 絶縁した親から扶養照会が来た場合は?
A5. 長期間連絡を取っていない親からの扶養照会であれば、「扶養できない」旨を記載して返送するか、無視しても構いません。援助を強制されることはありません。
まとめ:生活保護と親の関係で知っておくべきこと

生活保護と親の関係について、重要なポイントをまとめます。
生活保護申請時
- 扶養照会は原則行われるが、DV・虐待、音信不通(10年程度)などの事情があれば避けられる
- 申請時に拒否の意思を示し、理由を説明すれば実質的に照会を止められる
- 親族が援助を断っても生活保護は受給できる
- 親がいても、扶養を受けられない状況であれば受給可能
親が生活保護を申請する場合
- 子どもに扶養照会が来ても、援助は強制ではない
- 経済的に余裕がない場合、断って問題ない
- 扶養照会を無視してもペナルティはない
- 親の申請が却下されることはない
親の介護について
- 介護義務の本質は「金銭的な支援」であり、必ずしも身体介護を自分で行う必要はない
- 自分の生活が困窮している場合、義務は強制されない
- 親が生活保護受給者なら、介護費用は介護扶助で賄われる
- 兄弟姉妹で役割分担、施設入所、行政への相談などの選択肢がある
親の相続について
- 生活保護受給者でも相続はできる
- 相続額によっては受給停止・廃止になる可能性がある
- 少額や処分困難な財産なら影響しないこともある
- 「生活保護を続けたいから」という理由での相続放棄は原則不可
- 相続したら必ずケースワーカーに報告する
困ったときの相談先
- お住まいの地域の福祉事務所
- 担当ケースワーカー
- 生活保護に詳しい弁護士や司法書士
- 生活保護問題対策全国会議などの支援団体
- 地域の社会福祉協議会
生活保護は憲法で保障された国民の権利です。
親との関係で悩んでいても、あなたが本当に困窮しているのであれば、遠慮せず申請する権利があります。
「親に迷惑をかけたくない」という気持ちは理解できますが、何よりも大切なのはあなた自身の生活と健康です。
一人で抱え込まず、専門家に相談しながら、最適な選択をしてください。

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