2025年6月27日、最高裁判所は生活保護基準の引き下げを「違法」と認める歴史的な判決を下しました。
これは生活保護制度の歴史において画期的な判断です。
生活保護をめぐる裁判は、基準額の引き下げだけでなく、申請却下、支給停止、不正受給の返還請求など、様々な場面で起こっています。
「福祉事務所の決定に納得できない」「裁判を起こすべきか悩んでいる」という方も多いでしょう。

本記事では、2025年最高裁判決の詳細から、生活保護裁判の歴史、実際に裁判を起こす方法、勝訴事例まで、生活保護に関する裁判について徹底的に解説します。
2025年最高裁判決:生活保護基準引き下げは違法

判決の概要
2025年6月27日、最高裁第三小法廷(宇賀克也裁判長)は、2013年から2015年にかけて行われた生活保護基準の引き下げについて、自治体による保護変更決定処分を取り消す判決を下しました。
この裁判は、通称「いのちのとりで裁判」と呼ばれ、全国29地裁で争われた計31件の訴訟のうち、名古屋と大阪で起こされた2件が最高裁での審理対象となりました。
何が違法と認められたのか
国は2013年から2015年にかけて、生活保護費のうち食費や光熱費など日常生活を維持するための生活扶助費を最大10%引き下げ、約670億円を削減しました。

この引き下げの根拠は主に2つありました。
1. デフレ調整(約580億円)
厚生労働省が独自の算定で導いた物価下落率4.78%を踏まえた「デフレ調整」を実施。テレビやパソコンなど、生活保護世帯があまり購入しない教養娯楽用耐久財の価格下落率を加味していました。

2. ゆがみ調整(約90億円)
所得下位10%層の消費実態と生活扶助基準を比較し、その間にある「ゆがみ」を「是正」したというものです。

最高裁の判断
最高裁は「デフレ調整」について、物価変動のみを直接の指標とした点に裁量権の範囲の逸脱や乱用があり、生活保護法に違反すると認定しました。
物価変動が直ちに同程度の消費水準の変動をもたらすものとはいえないとして、1984年度以降採用されてきた水準均衡方式(消費実態との調整を図る方式)を無視した判断を厳しく批判しました。
一方、「ゆがみ調整」については多数意見は違法としませんでした。
国家賠償請求も認められていないものの、宇賀克也裁判長は、「ゆがみ調整」の違法性、国家賠償とも認めるべきだという少数意見を付記しています。
判決の歴史的意義
いのちのとりで裁判全国アクション共同代表の尾藤廣喜弁護士は「私自身は生活保護に関する裁判に関わって50年となりますが、生活保護の基準本体で原告が勝ったことは一度もありませんでした。今回の最高裁判決は、国が決めたことが根本から間違っていると認めた、社会保障の歴史に残る判決だ」と語っています。
判決の影響
この判決により、以下の影響が予想されます。
- 全国で同様の訴訟を起こしている受給者の勝訴が相次ぐ可能性
- 国による減額分の支払いや基準額の見直し
- 今後の生活保護基準改定における手続きの厳格化
龍谷大の本多滝夫教授(行政法)は「国の政策決定を巡り、最高裁が裁量権を逸脱・乱用し違法と認めることは珍しく、踏み込んだ判決といえる。判決は国側が基準額の改定をする際、必要な分析や検討をせずにこれまで採用してきた方式をいきなり変えた点について厳しく非難したものといえる」と評価しています。
生活保護裁判の歴史

第一の波:朝日訴訟(1960年代)
1957年に起こされた朝日訴訟は、日用品代月額600円の低位性を問うと同時に、福祉事務所が35年間も音信不通であった兄を探し出し扶養援助を求めるという前時代的な行政運用を問うものでした。

東京地裁1960年10月19日判決は、朝日さんの全面勝訴という結果となり、判決では健康で文化的な最低生活について、単なる生物的な生存ではなく「人間に値する生存」が保障されるべきとして、日用品代600円という保護基準を違法と断じたのです。
しかし、1963年11月4日東京高裁では逆転敗訴、その後朝日さんが亡くなり、1967年5月24日の最高裁は訴訟承継を認めず、最終的には敗訴が確定しました。
それでも、朝日訴訟は「人間裁判」と呼ばれ、当時のあまりに劣悪な保護基準をクローズアップしました。
また、保護基準が単に保護利用者だけの問題ではなく、最低賃金など労働者や国民全体の問題であることを世に知らしめ、訴訟支援活動は労働組合をはじめ全国民的な運動として発展したのです。

第三の波:1990年代~2000年代
この期の特徴は、第1に、多くの市民の立ち上がりと勝訴率の高さにあります。
裁判は第2期までとは比較にならないぐらい多数提訴され、少なくとも半数以上が勝訴している状況です。
第四の波:いのちのとりで裁判
自民党に忖度する格好で、厚生労働省が2013年から段階的に生活保護基準額を最大で10%という前例のない大幅な引き下げを行なった処分の取り消しを求めた全国集団訴訟(通称「いのちのとりで裁判」)が、現在の生活保護裁判の中心です。
東京高裁管内では、これまでに横浜地裁、東京地裁(3件)、千葉地裁、静岡地裁、さいたま地裁に計7件の提訴がなされ、すべて判決が出ました。
いずれも引き下げは違法だとする原告勝訴判決が続いています。
生活保護裁判の主なタイプ

1. 申請却下処分の取消訴訟
生活保護の申請を却下された場合、その処分の取り消しを求める裁判です。
よくある却下理由
- 稼働能力があるとされた場合
- 扶養義務者からの援助が可能とされた場合
- 資産があると判断された場合
- 住所不定を理由とされた場合
これらの理由が不当である場合、処分の取り消しを求めることができます。

2. 保護変更・停止・廃止処分の取消訴訟
すでに生活保護を受給している人が、保護費の減額、支給停止、または保護の廃止処分を受けた場合の裁判です。
主な事例
- 収入認定が不当に高く算定された
- 就労指導に従わなかったことを理由に保護停止
- 扶養義務者からの援助が見込めるとして廃止

3. 返還金・徴収金決定処分の取消訴訟
保護の実施機関である都道府県知事の権限の委任を受けた福祉事務所長が生活保護法63条に基づいて被保護者に対してした、同福祉事務所の職員の過誤により過支給となった生活保護費の全額を返還すべき額とする旨の決定が、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法とされた事例もあります。
返還金(生活保護法63条)と徴収金(同78条)の違い
返還金:
- 悪意がない場合の過支給
- 例:収入申告が遅れた、事故で申告できなかった
- 原則全額返還だが、自立を著しく阻害する場合は減額可能
徴収金
- 不正な手段による受給
- 返還額の最大40%を上乗せして徴収可能
- 悪質な場合は刑事告訴も

4. 生活保護基準の違法性を争う訴訟
今回の2025年最高裁判決が典型例です。
保護基準そのものの引き下げが違法であるとして争います。
生活保護裁判を起こす方法

ステップ1:審査請求(前置主義)
生活保護に関する処分に不服がある場合、いきなり裁判を起こすことはできません。
まず「審査請求」を行う必要があります(行政不服審査法)。
審査請求の流れ
- 処分があったことを知った日の翌日から3か月以内に、都道府県知事に対して審査請求書を提出
- 福祉事務所を経由して提出
- 審査請求に対する裁決を待つ
ステップ2:裁判の提起
審査請求に対する裁決に不服がある場合、または裁決を経ずに3か月経過した場合、裁判所に訴訟を提起できます。
訴訟提起の期限
- 処分があったことを知った日から6か月以内
- 処分の日から1年以内
必要な書類
主な書類
- 訴状
- 処分通知書の写し
- 審査請求書・裁決書の写し
- その他証拠資料
弁護士費用について
生活保護受給者が裁判を起こす場合、日本司法支援センター(法テラス)による援助があります。
生活保護受給者の方は、原則無料で法律相談ができます。
また、弁護士に依頼する場合、弁護士費用の立て替えを受けることが可能です。
立て替え金は、原則として利用者が返済しなければなりませんが、生活保護受給者の方については、収入が見込まれないケースでは、基本的に立て替え分の返済が免除となります。
裁判手続きにかかる費用(訴訟費用)は、経済的に困窮して支払いが難しければ、「勝訴の見込みがないとはいえない」を条件に、裁判所への申し立てにより、裁判費用の免除や猶予を受けることができます(民事訴訟法82条)。
勝訴事例と判決のポイント

東京地裁2024年6月判決
2024年6月13日、東京地裁は生活保護費の引き下げを巡り、08~11年にかけての物価下落を理由として「デフレ調整」などを行った国の処分を違法と判断しました。
厚生労働省が独自の物価指数を採用し、物価が4.78%も下落したとしました。
テレビやパソコンなどの電化製品の値下がりが大きかった時期を設定し、下落率を大きくしたことが問題視されました。
福祉事務所の過誤による返還金決定の取消し
東京地裁平成29年2月1日判決では、福祉事務所の職員の過誤により過支給となった生活保護費の全額を返還すべき額とする旨の決定が、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法とされたケースがあります。
福祉事務所のミスによる過支給であっても、受給者に全額返還させることは不当であるという判断です。
生活保護裁判の高い勝訴率
生活保護裁判は、行政訴訟では珍しいと言われるほど原告の勝訴の確率が高いのが特徴です。
また、仮に裁判では敗訴になったとしても、裁判が提起されたこと自体によって、後に国が制度の運用を改めるように通知を出すなど、より良い生活保護行政を作り出すために、裁判は大きな役割を果たしているのです。
不正受給で訴えられた場合

返還請求への対応
生活保護法63条(返還金)または78条(徴収金)に基づく返還請求を受けた場合、以下の対応が必要です。
1. 返還額の確認
- 返還が必要な期間と金額を確認
- 計算が正しいか検証
2. 分割返還の相談
一括返還が困難な場合、福祉事務所に分割返還を申し出ることができます。
3. 返還決定の不服申立て
返還決定が不当である場合、審査請求を経て裁判で争うことも可能です。
刑事告訴された場合
悪質な不正受給の場合、生活保護法85条違反として刑事告訴されることがあります。
罰則: 3年以下の懲役または100万円以下の罰金
刑事告訴された場合は、直ちに弁護士に相談することが重要です。

裁判を起こす前の相談先

1. 生活保護問題対策全国会議
全国の弁護士や支援団体が参加する組織で、生活保護に関する相談や支援を行っています。
2. 地域の弁護士会
各都道府県の弁護士会では、生活保護に詳しい弁護士を紹介してもらえます。
3. 法テラス
経済的に困窮している方への法律相談や弁護士費用の立て替えを行っています。
4. 社会福祉士・行政書士
生活保護の申請支援や不服申立てのサポートを行っている専門家もいます。
裁判を起こす際の注意点

1. 時効に注意
処分があったことを知った日から6か月、処分の日から1年という期限があります。
早めの相談が重要です。
2. 証拠の保全
- 福祉事務所との面談記録
- 提出した書類のコピー
- 処分通知書
- ケースワーカーとのやり取り
これらの証拠は必ず保管しておきましょう。
3. 精神的・時間的負担
裁判の過程においても、国(厚生労働省)側は具体的な計算過程を示す資料をかたくなに開示せず、原告側の主張立証活動をさらに困難にしたように、裁判は長期化することがあります。
各分野の研究者からの意見書を収集したり、弁護団が詳細な準備書面を作成したりするのにも、多くの時間が費やされたのが実情です。
4. 生活保護叩きへの対応
「生活保護受給者は裁判する暇があるなら働け」などの理不尽な「生活保護叩き」にさらされることもあります。
しかし、裁判を起こす権利は憲法で保障された基本的人権です。周囲の無理解に屈する必要はありません。
よくある質問

Q1. 審査請求をせずに直接裁判を起こせますか?
A1. 生活保護に関する処分については、原則として審査請求を先に行う必要があります(行政不服審査法による前置主義)。ただし、審査請求から3か月経過しても裁決がない場合は、裁判を提起できます。
Q2. 裁判を起こすとその後の生活保護受給に影響しますか?
A2. 裁判を起こしたことを理由に、生活保護の支給を停止したり不利な扱いをすることは違法です。ただし、現実には関係が悪化する可能性もあるため、弁護士を通じて適切に対応することが重要です。
Q3. 裁判にはどれくらい時間がかかりますか?
A3. 事案によりますが、1審だけで1~2年、控訴・上告すれば10年以上かかることもあります。いのちのとりで裁判は2014年の提訴から2025年の最高裁判決まで約11年かかりました。
Q4. 途中で和解することはできますか?
A4. 可能です。裁判の途中で、自治体側が処分を取り消したり、和解に応じることもあります。
Q5. 敗訴した場合、費用を払わなければなりませんか?
A5. 訴訟費用は原則として敗訴者負担ですが、生活保護受給者で訴訟費用の免除を受けている場合、実質的な負担はありません。弁護士費用も法テラスの援助を受けていれば、返済免除となることが多いです。
Q6. 匿名で裁判を起こせますか?
A6. 原則として実名での提訴が必要ですが、報道機関に対してはイニシャルや仮名での報道を求めることができます。
まとめ:権利を守るために立ち上がる

生活保護裁判について、重要なポイントをまとめます。
2025年最高裁判決の意義
- 最高裁が生活保護費の基準額改定を違法と認めたのは初めて
- デフレ調整という国の判断を厳しく批判
- 今後の生活保護行政に大きな影響を与える歴史的判決
生活保護裁判の特徴
- 行政訴訟では珍しいほど原告の勝訴率が高い
- 敗訴しても制度改善につながることが多い
- 生存権を守るための重要な手段
裁判を起こす手順
- 福祉事務所の処分に不服
- 審査請求(都道府県知事に対して)
- 裁決に不服または3か月経過
- 裁判所に訴訟提起
費用の心配は不要
- 法テラスの援助で弁護士費用の立て替え可能
- 生活保護受給者は返済免除されることが多い
- 訴訟費用も免除・猶予が可能
相談先
- 生活保護問題対策全国会議
- 弁護士会
- 法テラス
- 生活保護支援団体
- 社会福祉士・行政書士
最後に
生活保護は憲法第25条で保障された「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を実現するための制度です。
福祉事務所の決定に納得できない場合、泣き寝入りする必要はありません。
経済的に最も弱い立場にある人々が、尊厳ある生活を送る権利を求めて立ち上がったのが生活保護裁判です。
裁判を起こすことは、あなた自身の権利を守るだけでなく、同じ境遇にある他の人々の権利を守ることにもつながります。
「裁判なんて大げさでは?」と思うかもしれません。
しかし、朝日訴訟の提起とその後の運動は、日用品費をはじめ保護基準の大幅な改善をもたらしたように、一人の勇気が社会を変えることもあるのです。
困ったときは一人で悩まず、まずは弁護士や支援団体に相談してください。
あなたの権利は守られるべきものです。

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