生活保護法第78条は、不正な手段で生活保護を受給した場合に、保護費の徴収と罰則を定めた規定です。
本記事では、78条の条文内容、63条との違い、徴収額の計算方法、告訴基準、防止策まで、初心者の方にもわかりやすく解説します。
生活保護法第78条とは

条文の内容
生活保護法第78条第1項は、「不実の申請その他不正な手段により保護を受け、又は他人をして受けさせた者があるときは、保護費を支弁した都道府県又は市町村の長は、その費用の額の全部又は一部を、その者から徴収するほか、その徴収する額に100分の40を乗じて得た額以下の金額を徴収することができる」と定めています。
78条の趣旨
78条は、不正受給に対する制裁的な性格を持つ規定です。

法78条に基づく費用の徴収は、いわば損害追徴としての性格のものであり、法第63条や法第77条に基づく費用の返還や徴収の場合と異なり、その徴収額の決定に当たり相手方の資力(徴収に応ずる能力)が考慮されるというものではありません。

生活保護制度の信頼性を維持し、税金の不正使用を防止するため、悪質な不正受給者に対しては厳正な対処が行われます。
不正受給に該当するケース

典型的な不正受給の例
以下のようなケースが不正受給に該当します。
収入の不申告・虚偽申告
- 就労収入を得ているにもかかわらず申告していない
- 年金収入を隠していた
- その他の収入(各種手当、保険金、仕送り等)を申告していない
- 実際の収入より少なく申告した

資産の不申告
- 土地、家屋、自動車などの資産を保有しているにもかかわらず申告していない
- 預貯金を隠していた
- 生命保険を解約せずに隠していた
世帯構成の虚偽
- 福祉事務所に届け出ている世帯員以外の者と同居している
- 収入のある家族と同居しているのに単身世帯として申請した

その他の不正
- 暴力団員であるにもかかわらず生活保護を受給している
- 偽造書類を提出して申請した
不正受給の発覚経路
福祉事務所は以下の方法で不正受給を発見します。
課税調査 市区町村の課税データとの照合により、未申告の就労収入が判明します。これが最も多い発見方法です。

年金調査 年金事務所への照会により、未申告の年金収入が判明します。
家庭訪問 ケースワーカーの定期訪問時に、生活状況の変化や高額な物品の購入などから不正が発覚することがあります。

通報 近隣住民や知人からの通報により発覚するケースもあります。

銀行調査 生活保護法第29条に基づき、銀行に対する預金照会、取引先に対する債権の有無の照会などが可能です。

生活保護法78条と63条の違い

根本的な相違点
不正受給の意図の存否は法78条徴収金と法63条返還金の分水嶺といえます。

詳細な比較表
| 項目 | 78条(費用徴収) | 63条(費用返還義務) |
|---|---|---|
| 適用対象 | 不正な手段による受給 | 急迫の場合等で資力があったとき |
| 悪意の有無 | 悪質・故意 | 悪意なし |
| 法的性質 | 損害追徴(制裁的) | 不当利得返還請求権 |
| 徴収額 | 原則全額 | 資力の範囲内 |
| 資力の考慮 | 考慮されない | 考慮される |
| 加算金 | 最大40%上乗せ | なし |
| 控除 | 必要最小限の実費を除き全て徴収対象 | 勤労控除・自立更生費等あり |
| 免責 | 非免責債権 | 平成30年10月以降は非免責 |
| 告訴の可能性 | あり(悪質な場合) | なし |
63条と78条の判断基準
24年課長通知では以下の基準に該当するものについては不正受給の意図があることを前提として78条による徴収決定をするよう求めています。
78条が適用される場合
- 文書・口頭指示に被保護者が応じなかったとき
- 届出・申告にあたり明らかに作為を加えたとき
- 説明を求めて応じず、虚偽の説明をしたとき
- 課税調査により、収入申告が虚偽であることが判明したとき
63条が適用される場合
- 届出義務を知らなかった(やむを得ない理由がある)
- 福祉事務所の計算ミス
- 予想外の収入があった
- 自発的に申し出を行い費用返還を行った場合
徴収額の計算方法

基本的な徴収額
78条による徴収金の金額は、不正に受給した保護費の全額が原則です。
63条のように自立更生費や勤労控除などは認められません。
計算式 徴収金 = 不正受給した保護費の全額
40%の加算金
平成26年7月1日以降に支弁された保護費については、徴収額に100分の40を乗じて得た額以下の金額を徴収することができます。
加算金を含む徴収額 徴収金総額 = 不正受給額 + (不正受給額 × 40%以下)
具体例
- 不正受給額が100万円の場合
- 基本徴収額:100万円
- 加算金:最大40万円
- 徴収金総額:最大140万円
徴収額の決定における裁量
法78条の文言は、費用の徴収に支弁者の裁量を認めており、これは、被保護者の困窮状態や不正の程度等の事情によっては、徴収額をその費用の一部に限る余地がある場合を考慮した規定と解されます。
ただし、実務上は原則として全額徴収が行われ、裁量が働くことは稀です。
徴収の方法

納付書による納付
原則として、徴収決定通知書と納付書が送付され、金融機関の窓口で納付します。
保護費からの天引き(法78条の2)
平成26年7月1日以降に支払われた保護費に対しては、被保護者本人から当該保護金品等を徴収金の納入に充てる旨を事前に申し出た場合(かつ、保護の実施機関が最低限度の生活の維持に支障がないと認めた場合)に、あらかじめ保護金品等の支給する際に徴収金を差し引いた上で、保護費を支給することができます。
重要な要件
- 本人からの申出が必要(強制ではない)
- 生活の維持に支障がないこと
- 最低限度の生活が確保されること
国税徴収法による強制徴収
平成26年7月1日以降に支払われた保護費に対しては、国税徴収法に基づく強制徴収が可能となりました。
強制徴収の内容
- 預金口座の差押え
- 給与の差押え
- 不動産の差押え
- 自動車などの動産の差押え
ただし、生活保護法第58条により、保護費自体は差押禁止です。
分割納付
履行延期の特約により分割納付を認める場合は、完納の実現が可能となる内容で認めること、最大でも10年の範囲内として運用することが適当とされています。
分割納付の注意点
- 分割納付誓約は、納付が12回以上不履行になったときは、期限の利益を喪失し、一括で支払うことになるうえ、強制執行等の法的措置を受けても異議はないことを約束する必要があります
- 高齢者の少額分割(例:70歳以上で毎月1,000円)は認められません
罰則規定(生活保護法第85条)

刑事罰の内容
生活保護法第85条では、「不実の申請その他不正な手段により保護を受け、又は他人をして受けさせた者は、3年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する。ただし、刑法に正条があるときは、刑法による」と定められています。
告訴の判断基準
78条による徴収決定が行われたすべての事案が告訴されるわけではありません。
告訴は司法処分であり、行政処分である法第78条を適用した事案に対しては、必ずしも告訴を伴うものではありません。
告訴の適否基準となるのは、社会的影響を考慮することが重要です。
告訴を検討する事案の例
船橋市の告訴判断基準では、以下のケースが挙げられています。
- 不正受給金額が100万円以上の事案
- 不正受給していた期間が1年以上の事案
- 不正受給の手段として、実施機関に提出する書類等に虚偽記載などの行為を行った事案
- 不正受給により得た保護費の使途について、自らの借金返済や資産運用、ギャンブル等に使用していた事案
刑法の詐欺罪との関係
生活保護を受給する際に虚偽の申告書を作成して提出した、または、世帯や収入に変更があったにもかかわらず変更の届け出をしなかったことによって不正に生活保護の支給を受けたなどの場合、刑法上の詐欺罪が成立する可能性があります。
生活保護法85条では、刑法の詐欺罪が成立する場合には、生活保護法違反ではなく、刑法の詐欺罪によって処罰されると規定されていますので、この場合には、詐欺罪が適用されます。
詐欺罪の罰則 詐欺罪が成立した場合の罰則は、10年以下の懲役と定められています(刑法246条1項)。生活保護法85条(3年以下の懲役又は100万円以下の罰金)より重い刑罰です。
破産した場合の扱い

非免責債権
78条徴収金は、平成26年7月1日以降に支弁された保護費について、破産しても免責されない非免責債権です。
法78条徴収金は強制徴収債権であり、破産法上の非免責債権として扱われます。

63条との違い
63条返還金は平成30年10月1日以降に非免責債権化されましたが、78条徴収金はそれ以前の平成26年7月から非免責債権となっています。
破産しても支払義務が残る 自己破産をしても78条徴収金の支払義務は消滅しないため、分割納付などで対応する必要があります。
請求の相手方

不正行為を行った者への請求
生活保護法78条に基づく徴収金の支払義務(債務)は、被保護者であるか否かにかかわらず、不正行為を行った者に対する徴収決定又は徴収命令という処分に基づき発生するものであるから、当該不正行為を行った者(処分の名宛人)に対して請求すべきです。
世帯員への請求
78条による徴収金は、不正の意思により徴収を命じますから、不正に関与していない者は連帯債務から除かれると考えます。
ただし、支給対象者ではなく、第三者の関与のみである場合は支給対象者に連帯債務を負わせることは適当でないとする見解があります。
複数人の共同不正行為
複数の者が共同して不正行為を行ったような場合は、各自を名宛人とした処分(徴収決定又は徴収命令)に基づき、これら複数の者が各自債務を負うこととなるから、これら不正行為を行った複数の者(処分の名宛人)に対して請求すべきです。
不正受給の防止策

福祉事務所の対策
届出義務の説明 福祉事務所では、保護開始時及び継続して保護を受給する方には、書面及び口頭により、生活上の変化があったときの届出の義務について説明しています。
定期的な家庭訪問 被保護世帯の自宅を定期的に訪問し、生活、就労、求職状況を聴取することにより、また、これらについての相談に応じることにより、被保護者の生活上の変化について確認を行っています。
警察官OBの配置 生活保護適正実施推進員として、警察官OBを職員として福祉事務所に配置し、元警察官としての専門的な見地から、不正受給事案に対する調査及び検討、並びに悪質な事案に対する告訴手続きに係る調整を行っています。
課税調査の強化 毎年、市区町村の課税データとの照合を実施し、未申告の就労収入を早期に発見します。
受給者側の注意点
届出義務を守る 収入や世帯構成に変化があった場合は、速やかに福祉事務所に届け出ましょう。
就労収入は必ず申告 就労などによって得た世帯の収入が、最低生活費に満たない場合、その不足分は保護費により補うことから、就労収入を得ながら生活保護を受給されている方もいます。得た収入を福祉事務所に適正に申告していれば、不正受給とはなりません。


不明な点は相談する 届出が必要かどうか判断できない場合は、必ず担当ケースワーカーに相談しましょう。

不正受給が発覚した場合の対応

1. 速やかに福祉事務所に相談
悪意がなかったことが根本にあるため、不正受給の心当たりがある方は指摘される前に福祉事務所に確認しておくと良いでしょう。

なお、年間で発覚している不正受給の多くは悪意のないものですので、誠実に対応していれば基本的には返還金(63条)の扱いになる可能性が高いです。
自発的な申し出により、78条ではなく63条が適用される可能性があります。
2. 弁護士に相談
生活保護の不正受給に関与してしまった場合には、早めに弁護士に相談をするようにしましょう。
特に以下の場合は専門家への相談が必要です。
- 告訴される可能性がある
- 徴収決定に納得できない
- 分割納付の相談をしたい
- 刑事事件に発展しそうな場合
3. 分割納付の交渉
一括で返還できない場合は、分割納付を申し出ましょう。
金額や状況によっては分割が認められる場合がありますので、誠実な対応を心がけて相談してみるのが良いです。
4. 保護費からの天引きの申出
保護継続中であれば、保護費からの天引きによる分割返還も可能です。
ただし、生活維持に支障がない範囲で行われます。
78条徴収金に関するよくある質問

Q1: 78条と85条(罰則)は必ずセットですか?
A: いいえ。告訴は司法処分であり、行政処分である法第78条を適用した事案に対しては、必ずしも告訴を伴うものではありません。78条による徴収決定が行われても、悪質性が低ければ告訴されないことが多いです。
Q2: 資力がなくても全額徴収されますか?
A: はい。法第78条に基づく費用の徴収は、いわば損害追徴としての性格のものであり、法第63条や法第77条に基づく費用の返還や徴収の場合と異なり、その徴収額の決定に当たり相手方の資力(徴収に応ずる能力)が考慮されるというものではありません。
Q3: 40%の加算金は必ず上乗せされますか?
A: いいえ。徴収額に100分の40を乗じて得た額「以下」の金額を徴収することができるとされており、加算しない、または40%未満の加算とすることも可能です。
Q4: 不正受給した保護費で生活していた場合は?
A: 既に費消してしまっていても、徴収義務は消滅しません。分割納付などで対応する必要があります。
Q5: 時効はありますか?
A: 公法上の債権として、5年の消滅時効があります。ただし、納付誓約書の提出などにより時効が中断します。
Q6: 生活保護を廃止された後も支払義務がありますか?
A: はい。生活保護の廃止後も徴収金の支払義務は継続します。一般の債権として請求が続きます。
まとめ:78条徴収金を正しく理解する

生活保護法第78条は、不正な手段で保護を受けた場合に、保護費の徴収と罰則を定めた制裁的な規定です。
78条徴収金の重要ポイント
- 悪質・故意の不正受給に適用(63条との違い)
- 徴収額は原則全額(資力は考慮されない)
- 最大40%の加算金が上乗せされる
- 破産しても免責されない
- 悪質な場合は告訴され刑事罰を受ける
- 自発的な申し出により63条適用の可能性
不正受給を防ぐために
- 収入や世帯構成の変化は必ず届け出る
- 就労収入は隠さず申告する
- 不明な点は担当ケースワーカーに相談
- 届出義務を正しく理解する
困ったときの相談先
- 担当ケースワーカー
- 福祉事務所の上司
- 法テラス
- 弁護士会の法律相談
最後に
生活保護は国民の税金から支払われる制度です。
制度の信頼性を維持するため、正直な申告と適切な受給が求められます。
収入や世帯状況に変化があった場合は、速やかに福祉事務所に届け出ることが大切です。
もし不正受給の心当たりがある場合は、指摘される前に自発的に申し出ることで、63条による返還金として扱われる可能性があります。
一人で悩まず、まずは担当ケースワーカーに相談しましょう。


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