生活保護を受給している方が亡くなった場合、または生活保護受給者が親族の葬儀を行う場合、「葬祭扶助」という制度を利用して葬儀費用の支援を受けることができます。
しかし、支給される金額や申請の条件、具体的な手続きの流れについて詳しく知らない方も多いのではないでしょうか。
本記事では、葬祭扶助の仕組みから申請方法、実際の葬儀の流れまで、詳しく解説します。
生活保護受給者の葬儀について知っておくべき基本

生活保護を受給している方が亡くなった場合、または生活保護受給者が身内の葬儀を行う場合、「葬儀費用はどうなるのか」という不安を抱える方は少なくありません。
結論から言えば、生活保護制度には「葬祭扶助」という制度があり、一定の条件を満たせば葬儀費用の支援を受けられます。

葬祭扶助とは
葬祭扶助とは、生活保護法第18条に基づく制度で、困窮のため最低限度の生活を維持することができない者に対して、葬祭に必要な費用を支給するものです。
この制度は、故人の尊厳を守りつつ、遺族や関係者の経済的負担を軽減することを目的としています。
憲法第25条の「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」の理念に基づき、人生の最期を迎える際にも必要最低限の支援が保障されています。
誰が利用できるのか
葬祭扶助を利用できるのは、以下のいずれかのケースです。
1. 生活保護受給者が亡くなり、遺族が葬儀を行う場合
故人が生活保護を受給していて、葬儀を行う遺族にも十分な資力がない場合に適用されます。
2. 生活保護受給者が、身内の葬儀を行う場合
生活保護を受給している方が、親族や同居人などの葬儀を行わなければならず、その費用を負担できない場合に適用されます。
3. 身寄りのない方が亡くなった場合
引き取り手のない遺体について、自治体が火葬などを行う場合にも適用されます(行旅死亡人として取り扱われる場合もあります)。
葬祭扶助の支給額と内容

葬祭扶助では、具体的にどのくらいの金額が支給され、どのような葬儀ができるのでしょうか。
支給基準額
葬祭扶助の基準額は、厚生労働大臣が定める基準に基づいて設定されています。
金額は地域や自治体によって異なりますが、一般的な目安は以下の通りです。
大人の場合
- 1級地(東京都区部など):約213,000円〜230,000円
- 2級地(地方都市):約200,000円〜215,000円
- 3級地(町村部):約180,000円〜200,000円
子どもの場合
- 大人の基準額の約70〜80%程度
- 概ね140,000円〜180,000円
これらの金額は2024年度の基準を元にした目安です。
実際の金額は年度ごとに改定される可能性があるため、申請時に福祉事務所に確認してください。

葬祭扶助に含まれる費用
葬祭扶助で支給される費用は、以下のような項目が対象となります。
1. 火葬料
- 火葬場の使用料
- 火葬に必要な燃料費
- 火葬炉の使用料
2. 棺および骨壺
- 遺体を納める棺
- 遺骨を納める骨壺
- 骨箱
3. 遺体の運搬費用
- 自宅から火葬場までの搬送費
- 病院から自宅または火葬場への搬送費
4. 納骨費用
- 遺骨を納めるための基本的な費用
- 最低限の埋葬に必要な費用
5. その他必要最低限の費用
- 遺体の保存に必要なドライアイス代
- 死亡診断書の発行費用
- 死装束など遺体に着せる最低限の衣類
葬祭扶助に含まれないもの
葬祭扶助はあくまで「必要最低限」の葬儀を行うための制度です。
以下のような費用は対象外となります。
対象外の費用
- 豪華な棺や祭壇
- 通夜や告別式の費用
- 僧侶へのお布施や戒名料
- 会葬返礼品や香典返し
- 墓石の購入費用
- 豪華な骨壺や仏壇
- 遺影の作成費用
- 会食(精進落とし)の費用
葬祭扶助で行える葬儀は、「直葬」または「火葬式」と呼ばれる、通夜や告別式を省略した最もシンプルな形式になります。
具体的な葬儀の内容
葬祭扶助を利用した場合の一般的な葬儀の流れは以下の通りです。
葬儀の流れ
- 遺体を病院または自宅から安置所に搬送
- 必要に応じてドライアイスで遺体を保存
- 死装束を着せる
- 棺に納める
- 火葬場へ搬送
- 火葬を行う
- 骨上げ(収骨)
- 骨壺に納めて持ち帰る
この一連の流れを、基準額内で行うことができます。
参列者は遺族や親しい友人など、ごく少数に限られます。
葬祭扶助の申請方法と手続き

葬祭扶助を受けるためには、適切な手続きが必要です。
タイミングを逃すと受給できない場合もあるため、注意が必要です。
申請のタイミング
葬祭扶助の申請は、葬儀を行う前に行うことが原則です。
これは非常に重要なポイントです。
申請のタイミング
- 死亡が確認された直後
- 遺体の引き取りを決めた時点
- 葬儀社と契約する前
- 可能であれば死亡当日、遅くとも翌日まで
すでに葬儀を済ませてしまった後での申請は、原則として認められません。
やむを得ない事情がある場合は、その理由を詳しく説明する必要があります。
申請先
葬祭扶助の申請先は、以下のいずれかです。
故人が生活保護を受給していた場合
- 故人が生活を営んでいた地域を管轄する福祉事務所
葬儀を行う者が生活保護を受給している場合
- 葬儀を行う者が生活を営んでいる地域を管轄する福祉事務所
身寄りのない方の場合
- 遺体が発見された地域を管轄する福祉事務所
緊急の場合は、まず電話で連絡し、指示を仰ぐことをおすすめします。
必要書類
葬祭扶助の申請には、以下のような書類が必要となります。
基本的な書類
- 葬祭扶助申請書(福祉事務所の指定様式)
- 死亡診断書または死体検案書のコピー
- 申請者の本人確認書類
- 申請者の印鑑
状況に応じて必要な書類
- 生活保護受給証明書(受給者の場合)
- 預貯金通帳のコピー(資力を証明するため)
- 故人との関係を証明する書類(戸籍謄本など)
- 葬儀社からの見積書
- 火葬許可証
遺産がある場合
- 遺産の内容を示す書類
- 生命保険金の有無に関する書類
申請の流れ
葬祭扶助の申請から支給までの流れは以下の通りです。
ステップ1:福祉事務所への連絡
死亡の事実を確認したら、速やかに福祉事務所に連絡します。緊急の場合は電話で相談し、必要な手続きを確認してください。
ステップ2:申請書類の提出
福祉事務所の指示に従い、必要書類を準備して提出します。この時点で、葬儀社の選定や見積もりについても相談できます。
ステップ3:資力調査
福祉事務所が、申請者や故人の資力を調査します。預貯金、不動産、生命保険などの有無を確認されます。
ステップ4:決定通知
調査の結果、葬祭扶助の適用が決定されると、決定通知が交付されます。緊急性が高い場合は、口頭での決定が先行することもあります。
ステップ5:葬儀の実施
決定通知を受けたら、葬儀を執り行います。葬儀社には、葬祭扶助を利用することを伝え、基準額内で対応してもらいます。
ステップ6:費用の支払い
多くの場合、福祉事務所から葬儀社に直接費用が支払われます(代理受領方式)。場合によっては、申請者が一旦立て替え、後日精算することもあります。
葬祭扶助を利用する際の注意点

葬祭扶助を利用する際には、いくつか注意すべき点があります。
事前申請の重要性
繰り返しになりますが、葬祭扶助は事前申請が原則です。
葬儀を済ませてからの申請は認められないケースが多いため、必ず葬儀前に申請してください。
事前申請ができない例外的なケース
- 死亡が深夜・休日で福祉事務所に連絡できなかった
- 離島など遠隔地で緊急の対応が必要だった
- その他、やむを得ない特別な事情があった
これらの場合でも、可能な限り早急に連絡を取り、事後承認を求める必要があります。
葬儀社の選定
葬祭扶助を利用する場合、すべての葬儀社が対応できるわけではありません。
葬儀社選びのポイント
- 葬祭扶助に対応している葬儀社を選ぶ
- 福祉事務所に推奨業者を紹介してもらう
- 見積もりが基準額内に収まることを確認
- 代理受領方式に対応しているか確認
福祉事務所に相談すれば、葬祭扶助に慣れた葬儀社を紹介してもらえることが多いです。
自分で探す場合は、「葬祭扶助対応」と明記している業者を選びましょう。
遺産や保険金がある場合
故人に遺産や生命保険金がある場合、葬祭扶助は受けられない可能性があります。

判断基準
- 遺産や保険金で葬儀費用を賄える場合は、葬祭扶助は適用されない
- 遺産はあるがすぐに現金化できない場合は、個別に判断される
- 少額の保険金(葬儀費用に満たない額)の場合は、不足分が支給されることもある
具体例:生命保険金がある場合
故人に100万円の死亡保険金があり、受取人が遺族である場合、この保険金で葬儀費用を賄えると判断され、葬祭扶助は適用されません。
ただし、保険金が20万円など少額で葬儀費用に満たない場合は、不足分について扶助が検討されることがあります。
香典の取扱い
葬儀で香典を受け取った場合の取扱いについても注意が必要です。
香典の扱い
- 葬祭扶助は香典を受け取ることを禁止していない
- ただし、香典が高額な場合は収入認定される可能性がある
- 通常の少額の香典は問題にならないことが多い
葬祭扶助での葬儀は直葬形式のため、そもそも参列者が少なく、香典もほとんど集まらないのが実情です。
納骨・埋葬について
葬祭扶助の基準額には、遺骨の基本的な納骨費用が含まれていますが、墓石の購入費用などは含まれていません。
納骨の選択肢
- 自治体の無縁墓地への合葬
- 寺院の永代供養墓への納骨
- 納骨堂の利用
- 散骨(自治体により取扱いが異なる)
多くの自治体では、低額または無料で利用できる合葬墓を用意しています。
福祉事務所に相談すれば、納骨場所についても案内してもらえます。
生活保護受給者が自分の葬儀に備える方法

生活保護を受給している方が、自分の葬儀について事前に準備したい場合、どのような方法があるのでしょうか。
少額の預貯金
生活保護受給者でも、一定の範囲内であれば預貯金が認められています。

認められる貯蓄の目安
- 生活扶助基準額の概ね6ヶ月分程度まで
- 単身世帯で概ね50万円程度
- 明確な目的(葬儀費用など)があること
ただし、貯蓄については必ずケースワーカーに相談し、承認を得る必要があります。
無断で貯蓄を行うと、不正受給と見なされる可能性があります。

少額短期保険(ミニ保険)
少額の葬儀保険に加入することも、条件付きで認められる場合があります。
認められる可能性がある条件
- 保険金額が300万円以下の少額短期保険
- 月額保険料が3,000円以下程度
- 解約返戻金がほとんどない掛け捨て型
- ケースワーカーの承認を得ている
ただし、自治体や担当者によって判断が異なるため、必ず事前に相談してください。
エンディングノートの活用
金銭的な準備が難しい場合でも、自分の希望を記録しておくことは可能です。
エンディングノートに記載する内容
- 葬儀の希望(形式、参列してほしい人など)
- 遺品の処分方法
- 重要な書類の保管場所
- 関係者の連絡先リスト
- 臓器提供や献体の意思
エンディングノートは法的効力はありませんが、遺族や関係者が対応しやすくなります。
福祉事務所のケースワーカーにもコピーを渡しておくと安心です。
よくある質問と回答

葬祭扶助について、多くの方から寄せられる質問とその回答をまとめました。
Q1. 葬祭扶助を受けると、お墓は持てないのですか?
A. 葬祭扶助の基準額には墓石の購入費用は含まれていません。そのため、個人の墓を新たに建てることは困難です。しかし、以下のような選択肢があります。
- 既に家族の墓がある場合は、そこに納骨できる
- 自治体の無縁墓地や合葬墓を利用する(多くは無料または低額)
- 寺院の永代供養墓を利用する(費用は数万円〜)
- 納骨堂を利用する
お墓がないことで供養ができないわけではありません。合葬墓でも、自治体や寺院が適切に管理し、供養してくれます。
Q2. 通夜や告別式は絶対にできないのですか?
A. 葬祭扶助の基準額内では、通夜や告別式を行うのは困難です。基準額は直葬(火葬のみ)を前提に設定されています。ただし、以下のような場合は可能性があります。
- 親族や知人が費用を負担する
- 香典や寄付で追加費用を賄う
- 簡易的な形式で最小限の式を行う
葬儀社によっては、基準額に近い金額で簡素な告別式プランを提供している場合もあります。希望がある場合は、葬儀社に相談してみてください。
Q3. 身寄りがない場合、誰が葬儀を手配するのですか?
A. 身寄りのない方が亡くなった場合、以下のような流れで対応されます。
- 病院や施設が遺体を安置
- 福祉事務所に連絡
- 自治体が葬儀を手配
- 自治体が費用を負担
この場合、葬祭扶助または「行旅死亡人」の制度を利用して、自治体が葬儀を執り行います。遺骨は自治体の無縁墓地に合葬されることが一般的です。
孤独死が増加する現代において、自治体によるこうした対応は重要なセーフティネットとなっています。
Q4. 生活保護を受けていない親族が葬儀費用を一部負担できる場合は?
A. 生活保護を受けていない親族に資力がある場合、その親族が葬儀費用を負担することが優先されます。ただし、以下のような場合は葬祭扶助が適用される可能性があります。
- 親族に十分な資力がない
- 親族が遠方で葬儀を取り仕切れない
- 親族との関係が疎遠で援助が期待できない
一部を親族が負担し、不足分を葬祭扶助で賄うという対応も、状況によっては可能です。個別のケースについては、福祉事務所に相談してください。
Q5. 火葬場が遠方で、交通費がかさむ場合はどうなりますか?
A. 遺体の搬送費用は葬祭扶助の対象となります。ただし、合理的な範囲内に限られます。
- 最寄りの火葬場への搬送費用は認められる
- 不必要に遠方の火葬場を選択した場合の追加費用は自己負担
- 離島など特殊な事情がある場合は個別に判断
山間部や離島など、火葬場が遠い地域では、実情に応じた配慮が行われることもあります。地域の実情を福祉事務所に説明してください。
Q6. 葬祭扶助を受けたことは、周囲に知られますか?
A. 葬祭扶助を受けたこと自体は、福祉事務所と葬儀社以外には知られません。プライバシーは保護されます。
ただし、直葬という簡素な形式の葬儀になることや、香典返しがないことなどから、参列者が経済的事情を推察する可能性はあります。
しかし、近年は宗教観の変化や経済的理由から、一般の方でも直葬を選択するケースが増えています。葬儀の形式だけで生活保護受給者であることが明らかになるわけではありません。
まとめ:尊厳ある最期のために

生活保護を受給している方やその家族にとって、葬儀費用の心配は大きな不安の一つです。
しかし、葬祭扶助という制度があることで、経済的に困窮している場合でも、最低限の尊厳ある葬儀を行うことができます。
葬祭扶助の重要ポイント
- 生活保護受給者の葬儀には葬祭扶助が利用できる
- 支給額は約18万円〜23万円程度(地域による)
- 直葬(火葬のみ)が基本だが、最低限の尊厳は守られる
- 申請は葬儀前に行うことが絶対条件
- 遺産や保険金がある場合は利用できないことがある
葬儀を控えている方へ
- 死亡確認後、すぐに福祉事務所に連絡
- 葬儀社との契約前に葬祭扶助の申請を行う
- 葬祭扶助対応の葬儀社を選ぶ
- 基準額内で可能な葬儀内容を相談
- 必要書類を速やかに準備する
事前に準備したい方へ
- ケースワーカーに相談しながら少額の貯蓄を検討
- エンディングノートで希望を記録
- 関係者の連絡先リストを作成
- 重要書類の保管場所を明確にしておく
葬儀は、故人を偲び、残された者が心の整理をつけるための大切な儀式です。
葬祭扶助による葬儀は確かに簡素ですが、それでも故人の尊厳を守り、きちんと見送ることができます。
経済的な理由で葬儀をあきらめる必要はありません。
困ったときは一人で悩まず、必ず福祉事務所に相談してください。
担当のケースワーカーや福祉事務所の職員は、あなたやあなたの大切な人が尊厳をもって最期を迎えられるよう、サポートしてくれます。
また、地域によっては、NPO法人や社会福祉協議会が葬儀に関する相談窓口を設けている場合もあります。
複数の相談先を活用することで、より良い選択肢が見つかることもあります。
人生の最期は、誰にでも必ず訪れます。その時に慌てないよう、事前に制度を理解し、準備しておくことが大切です。


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