自己責任社会のイメージが強いアメリカですが、実は複数の低所得者支援プログラムが存在し、多くのアメリカ人が利用しています。
2022年時点でSNAP(食料品購入支援)だけで4,200万人が利用しており、人口の約12.6%に相当します。
ただし、日本の生活保護とは制度設計が大きく異なり、単一の包括的な制度ではなく、複数のプログラムを組み合わせる仕組みです。
この記事では、アメリカの主要な低所得者支援プログラム(SSI、SNAP、TANF、メディケイドなど)について、受給条件、支給額、日本との違いまで、最新データとともに徹底解説します。
アメリカに生活保護制度は存在するのか?

結論: 存在するが、日本とは形が異なる
答えは「Yes」ですが、日本の生活保護とは大きく異なります。
アメリカには日本のような「生活保護」という単一の包括的制度はありません。
代わりに、目的別に分かれた複数のプログラムが存在し、必要に応じて組み合わせて利用する仕組みです。
アメリカの主要な低所得者支援プログラム
1. SSI(補足的保障所得)
- 対象: 高齢者・障害者
- 性格: 日本の生活保護に最も近い
2. SNAP(補足的栄養支援)
- 対象: 低所得者全般
- 性格: 食料品購入支援
3. TANF(貧困家庭一時扶助)
- 対象: 子どものいる貧困家庭
- 性格: 現金給付(最大5年間)
4. メディケイド
- 対象: 低所得者
- 性格: 医療保険
5. その他
- Section 8(住宅補助)
- WIC(女性・乳幼児栄養補助)
- LIHEAP(光熱費補助)
複数プログラムの組み合わせ
アメリカの低所得者は、これらのプログラムを複数同時に受給することが可能です。
例: 障害のある単身者の場合
- SSI: 月額約700ドル(現金給付)
- SNAP: 月額約200ドル(食料品)
- メディケイド: 医療費無料
- 合計支援: 月900ドル相当+医療
日本とアメリカの生活保護制度の根本的な違い

制度設計の違い
| 項目 | 日本 | アメリカ |
|---|---|---|
| 制度の数 | 1つ(生活保護) | 複数のプログラム |
| 給付形態 | 包括的・現金中心 | 目的別・現物中心 |
| 運営主体 | 国(統一基準) | 連邦+州(州ごとに異なる) |
| 対象者 | 年齢制限なし | プログラムごとに異なる |
| 医療 | 医療扶助(全額) | メディケイド(別制度) |
| 住宅 | 住宅扶助(現金) | Section 8(バウチャー) |
| 食費 | 生活扶助に含む | SNAP(食料品専用) |
| 受給期間 | 制限なし | TANFは最大5年 |
哲学の違い
日本の生活保護
- 「健康で文化的な最低限度の生活」の保障
- 包括的に生活全体を支援
- 自立までの期間制限なし
アメリカのプログラム
- 「ワークフェア」(就労を条件とした福祉)
- 目的別に細分化された支援
- 自立促進のための期限設定
受給のしやすさ
日本
- 申請のハードルは高いが、承認されれば包括的支援
- スティグマ(社会的偏見)が強い
- 本来の対象者の2〜3割しか受給していない(捕捉率)
アメリカ
- SNAP等は申請しやすい(3日で受給開始も)
- プログラムごとに条件が異なる
- 利用者数は多い(SNAPだけで4,200万人)
SSI(補足的保障所得)|最も生活保護に近い制度

SSIの基本情報
正式名称: Supplemental Security Income(補足的保障所得)
運営: 連邦政府・社会保障局(Social Security Administration)
財源: 連邦財務省の基礎基金、所得税、法人税
受給条件
以下のいずれかを満たす必要があります。
- 65歳以上であること
- 完全または部分的に失明していること
- 最低1年間、または死亡するまで労働できない医療上の状況にあること
さらに、以下の所得・資産制限があります。
- 所得: 連邦貧困線以下
- 資産: 単身2,000ドル以下、夫婦3,000ドル以下
支給額(2024年時点)
連邦基準額
- 単身者: 月額943ドル(約14万円)
- 夫婦: 月額1,415ドル(約21万円)
州による上乗せ: カリフォルニア州など一部の州は、州独自に上乗せ給付を行っています。
例: カリフォルニア州
- 単身者: 連邦943ドル+州上乗せ→合計約1,200ドル以上
受給者数と予算(2011年時点)
- 受給者数: 約780万人
- 年間支給額: 470億ドル(約4.7兆円)
メディケイドとの連動
重要: SSI受給者は自動的にメディケイド(医療保険)の受給資格も得られます。
これにより、医療費負担がほぼゼロになります。
日本の生活保護との比較
SSIの方が厳しい点
- 年齢・障害の条件が必須
- 若くて健康な人は受給不可
- 支給額が低い
日本の生活保護の方が厳しい点
- 申請時のハードルが高い
- 扶養照会による心理的障壁
- 社会的スティグマが強い
SNAP(補足的栄養支援)|4,200万人が利用する食料品支援

SNAPの基本情報
正式名称: Supplemental Nutrition Assistance Program(補足的栄養支援プログラム)
旧称: フードスタンプ(Food Stamp)
運営: 連邦政府・農務省(USDA)
利用者数(2022年11月時点)
- 利用者数: 4,200万人
- 人口比: 12.6%
リーマンショック以降、利用者はほぼ倍増しました。
州別受給率
受給率が高い州
- ニューメキシコ州: 24.32%
- ルイジアナ州: 19.5%
- ウェストバージニア州: 18.2%
- オクラホマ州: 17.2%
- オレゴン州: 17.0%
受給率が低い州
- ユタ州: 4.6%
受給条件
所得制限
- 世帯の総所得が連邦貧困線の130%以下
- 純所得が貧困線の100%以下
資産制限
- 通常の世帯: 2,750ドル以下
- 高齢者・障害者のいる世帯: 4,250ドル以下
例外
- 就労義務(健常な成人)
- SSI受給者は自動的にSNAP対象
支給額(2024年時点の例)
家族構成別の最大月額
- 1人: 291ドル(約4.4万円)
- 2人: 535ドル(約8万円)
- 3人: 766ドル(約11.5万円)
- 4人: 973ドル(約14.6万円)
実際の支給額は、収入に応じて減額されます。
EBTカード
SNAPは現金ではなく、EBT(Electronic Benefit Transfer)カードで支給されます。
仕組み
- デビットカードと同様
- 専用口座に毎月入金
- 現金引き出しは不可
購入できるもの・できないもの
購入可能
- 肉、魚、鶏肉
- 野菜、果物
- パン、シリアル
- 乳製品
- スナック菓子
購入不可
- アルコール飲料
- タバコ
- ペットフード
- トイレタリー製品(石鹸、シャンプーなど)
- ビタミン・サプリメント
- レストランでの食事(一部の州を除く)
年間予算
2012年時点で年間予算800億ドル(約8兆円)に達しています。

TANF(貧困家庭一時扶助)|子どものいる家庭への現金給付
TANFの基本情報
正式名称: Temporary Assistance for Needy Families(貧困家庭一時扶助)
運営: 連邦政府・厚生省(HHS)と州政府
性格: 日本の生活保護に最も近い現金給付
受給条件
対象者
- 未成年(18歳未満)の子どものいる貧困家庭
- 多くは母子家庭
就労義務
- 成人は就労または職業訓練への参加が義務
- 参加しない場合、給付が削減または停止
期間制限
- 生涯で最大5年間
- 州によっては更に短い場合も
支給額
州によって大きく異なります。
例(2024年時点の月額)
- カリフォルニア州(3人家族): 約714ドル
- ミシシッピ州(3人家族): 約170ドル
格差は約4倍
受給者数と予算
2012年時点
- 受給者数: 480万人
- 年間予算: 165億ドル(約1.65兆円)
2009年9月と比較
- 1996年8月から2009年9月の間に給付件数が57.5%減少
ワークフェアの実践
TANFは「ワークフェア」の典型例です。
ワークフェアとは
- 福祉(Welfare)と労働(Work)を組み合わせた造語
- 労働または就労訓練を条件とした福祉給付
具体的な要件
- 就職活動の記録提出
- 職業訓練プログラムへの参加
- コミュニティサービスへの従事
メディケイド|低所得者向け医療保険

メディケイドの基本情報
正式名称: Medicaid
性格: 低所得者向けの公的医療保険
運営: 連邦政府と州政府の共同
対象者
- TANFまたはSSIの受給者
- 低所得の妊婦
- 低所得の子ども
- 低所得の高齢者
- 低所得の障害者
利用者数: アメリカ人の約5人に1人(約20%)
給付内容
基本的にカバーされるもの
- 入院・外来診療
- 医師の診療
- 検査・レントゲン
- 予防接種
- 処方箋薬
- 妊婦・新生児ケア
- 看護施設サービス
自己負担
- 基本的に無料または低額
- 州により若干の自己負担がある場合も
メディケアとの違い
メディケア
- 65歳以上の高齢者向け
- 年齢が主な要件
- 社会保険方式
メディケイド
- 年齢不問
- 所得が主な要件
- 公的扶助
アメリカの医療費の高さ
なぜメディケイドが重要なのか?その理由はアメリカの医療費は非常に高額だからです。
- 風邪の診察: 数万円
- 救急車: 有料(数万円〜)
- 民間医療保険の平均月額
- 単身者: 659ドル(約10万円)
- 家族: 1,872ドル(約30万円)
メディケイドがなければ、低所得者は医療を受けられません。
その他の主要支援プログラム

Section 8(住宅補助)
正式名称: Housing Choice Voucher Program
内容
- 家賃の一部を政府が直接家主に支払う
- 受給者は残りの家賃を負担
問題点
- 非常に人気があり、待機リストが長い
- 数年待ちも珍しくない
WIC(女性・乳幼児栄養補助)
対象
- 妊婦
- 授乳中の女性
- 5歳以下の子ども
給付内容
- ミルク
- 卵
- チーズ
- シリアル
- ジュース
- 粉ミルク
LIHEAP(低所得者光熱費補助)
内容
- 暖房費・冷房費の補助
- 特に冬季の暖房費支援
州による違い|カリフォルニアと南部の格差

州による大きな違い
アメリカの社会福祉プログラムは州ごとに内容が大きく異なります。
手厚い州 vs 厳しい州
手厚い州
- カリフォルニア州
- ニューヨーク州
- マサチューセッツ州
- ワシントン州
厳しい州
- テキサス州
- ミシシッピ州
- アラバマ州
- ジョージア州
具体的な違い(TANF 3人家族の例)
| 州 | 月額給付 | 格差 |
|---|---|---|
| カリフォルニア | 714ドル | 基準 |
| ニューヨーク | 789ドル | +10% |
| ミシシッピ | 170ドル | -76% |
| テキサス | 303ドル | -58% |
最大格差は約4.6倍になります。
なぜ州による違いが大きいのか
1. 連邦制度
- アメリカは連邦制
- 州に大きな裁量権がある
2. 州の財政負担
- 州政府が経費を一部負担
- 財政難の州は給付を削減
3. 政治的傾向
- リベラルな州: 手厚い傾向
- 保守的な州: 厳しい傾向
日米の受給者数・予算の比較

受給者数の比較
アメリカ(主要プログラムの合計)
- SSI: 約780万人
- SNAP: 約4,200万人
- TANF: 約480万人
- 実質的な重複を考慮すると延べ5,000万人以上
日本
- 生活保護: 約200万人
人口比
- アメリカ: 約3.3億人
- 日本: 約1.25億人
- 人口比: 約2.6倍
結論: 人口比を考慮すると、アメリカの方が利用者が多い
予算の比較
アメリカ(2012年時点)
- SSI: 470億ドル(約4.7兆円)
- SNAP: 800億ドル(約8兆円)
- TANF: 165億ドル(約1.65兆円)
- 合計: 約14.35兆円
日本(2012年時点)
- 生活保護: 約3.3兆円
比較
- アメリカはGDP比で日本より多い
- ただし、プログラムが分散しているため単純比較は困難
捕捉率
捕捉率とは: 本来受給資格がある人のうち、実際に受給している人の割合
日本
- 推定20〜30%(非常に低い)
アメリカ
- SNAPは比較的高い(申請しやすいため)
- SSIは厳しい条件のため、該当者は限定的
よくある質問

Q1: アメリカ在住の日本人は生活保護を受けられますか?
A: 条件を満たせば受給可能です。
アメリカの社会福祉プログラムは、国籍ではなく居住資格(ビザの種類)で判断されます。
受給可能なビザ
- 永住権(グリーンカード)保持者
- 難民・亡命者
- 一部の人道的ビザ
受給不可
- 観光ビザ
- 学生ビザ
- 就労ビザ(一般的に)
Q2: アメリカの生活保護の方が日本より手厚いですか?
A: 一概には言えません。プログラムや州によります。
日本の方が手厚い点
- 包括的支援(住居、医療、生活費すべてカバー)
- 年齢・障害の制限がない
- 期間制限がない
アメリカの方が手厚い点
- SNAPなど申請しやすいプログラムがある
- 複数のプログラムを組み合わせられる
- 一部の州では総合的な支援額が高い
Q3: アメリカで生活保護を受けると社会的偏見はありますか?
A: プログラムによって異なります。
SNAPやWIC
- 多くの人が利用しており、偏見は比較的少ない
- スーパーでEBTカードを使うのは一般的
TANF
- 「福祉依存」という批判がある
- 社会的スティグマが存在
Q4: アメリカの生活保護は不正受給が多いですか?
A: 厳格な審査があり、日本より不正は少ないとされます。
理由
- 書類審査が厳しい
- 定期的な面談・調査
- 抜き打ち検査もある
- 給付がEBTカードなど使途限定

Q5: 働きながらアメリカの生活保護を受けられますか?
A: はい、むしろ推奨されています。
アメリカのプログラムは「ワークフェア」を重視しており、働きながらの受給を前提としています。
EITC(勤労所得税額控除):
- 低所得の勤労者への税額控除
- 働くほど得をする仕組み

Q6: アメリカの生活保護に車の制限はありますか?
A: プログラムによって異なりますが、日本より緩いです。
一般的に
- 1台の車の所有は認められる
- 通勤・就職活動に必要
- ただし、高級車は資産とみなされる

まとめ:日本とアメリカでは重視しているものが違う

アメリカの生活保護制度|重要ポイント
1. 複数のプログラムに分散
- 日本のような単一制度ではない
- SSI、SNAP、TANF、メディケイドなど目的別
- 組み合わせて利用する
2. 主要プログラムの特徴
- SSI: 高齢者・障害者向け、月700〜900ドル
- SNAP: 4,200万人利用、食料品購入支援
- TANF: 子どものいる家庭、最大5年間
- メディケイド: 医療費ほぼ無料
3. 日本との主な違い
- 包括性: 日本の方が包括的
- 申請しやすさ: SNAPなどは日本より容易
- 期間制限: TANFは5年、日本は制限なし
- ワークフェア: アメリカは就労重視
4. 州による大きな違い
- カリフォルニア州: 手厚い
- 南部の州: 厳しい
- 給付額に最大4倍以上の格差
5. 利用者数と予算
- アメリカ: 延べ5,000万人以上、総額14兆円超
- 日本: 200万人、3.3兆円
- 人口比でアメリカの方が多い
6. ワークフェアの徹底
- 労働または就労訓練が条件
- 自立促進を重視
- 期間制限で「福祉依存」を防ぐ
日本とアメリカ、どちらが優れているか?
一長一短があり、単純比較は困難です。
日本の長所
- 包括的支援
- 期間制限なし
- 医療・住居を含む
日本の短所
- 申請のハードル高い
- 社会的スティグマ強い
- 捕捉率が低い(20〜30%)
アメリカの長所
- 申請しやすいプログラムがある(SNAP)
- 複数プログラムの組み合わせ
- 働きながらの受給を推奨
アメリカの短所
- プログラムが複雑
- 州による格差が大きい
- 期間制限がある(TANF)
最後に
アメリカの社会福祉制度は、「自助努力」と「公的支援」のバランスを取ろうとする試みです。
日本の生活保護が「最低限度の生活の保障」を重視するのに対し、アメリカのプログラムは「自立への支援」を重視しています。
どちらが優れているかではなく、それぞれの社会・文化・価値観に基づいた制度設計がなされていると言えるでしょう。

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